ショー記念礼拝堂ほど知られてはいないけど、古くからある軽井沢の象徴的な場所として、ハッピーバレーという場所があります。その名前からしていかにも平和でのどかな、美しい場所に違いない。このよく晴れた春の日に、ぜひ訪れてみたいと思いました。

 

石畳のハッピーバレー

ハッピーバレーは、旧軽井沢にある万平ホテルの裏手あたりにあります。しかしショー記念礼拝堂のようにスポットとして存在しているわけではなく、そのあたり一帯をハッピーバレーと呼んでいるようで、手持ちの地図を頼りに歩いてもそれらしい場所がわからない。グーグルマップの現在地を参照しながら小道をひとつずつのぞいてようやく、道の先にある石畳の始まりを見つけることができました。

ついさっきまでは清らかな陽射しが親しげに落ちていた旧軽井沢周辺。ところがハッピーバレーを探しに万平ホテルのあたりを歩いているあいだにみるみる日が陰り、灰色で、よそよそしく、不穏な天気に。そんな天気のせいなのか、せっかくたどり着いた石畳は、ハッピーというその軽やかな名前からは程遠い印象。歴代の苔たちが、由緒ある頑固な石畳を守っている。そしてその上を歩くのがなんだかおこがましいような、歴史の重みを感じました。

堀辰雄の「風立ちぬ」では冬のハッピーバレーのことを、「死のかげの谷」と呼んだ方がよさそうだ、と描かれています。「死のかげ」とまでは言わないまでも、ひっそりしたこの石畳に感じたこと。それは古くから蓄積されたいろいろな人の感情を封じ込めているような、そしてちょっとした拍子でそれらが溢れてしまうので、そのきっかけをもたらす人物や出来事が現れないように張ってある結界のような、どこかで見張られているような緊張感。

 

 

とはいえ薄暗く、足元から寒さが這い上がってくる冬のハッピーバレーでも、枯れたように見える木々や土の中では着々と春の準備が進んでいるはず。次はぜひ美しい夏の朝の、やわらかい木漏れ日が溢れる明るいハッピーバレーを見てみたい。歴史ある軽井沢では意外に感じるけど、実は軽井沢に残る最後の石畳なのだそう。